今回は、吉志部(きしべ)神社さんです。
由緒書きによりますと「吉志」というのは朝鮮の新羅(しらぎ)で使われていた役人の位の称号。
新羅(しらぎ、シルラ)かぁ…
韓国歴史ドラマ時代年表で言うところの「善徳(ぜんとく)女王」、「花朗(ファラン)」あたりね。
ファラン…パク・ソジュンくん。うふ。
まぁ、そんな時代の新羅から来たインテリ&高度技能集団が朝廷と深く結びついてて、岸部の周辺で活躍していたという事ですね。
ふむふむ。なかでも阿倍野の「四天王寺」と関係が深かったと…
おぉぉぉぉぉ!四天王寺は、聖徳太子(しょうとくたいし)ゆかりの寺でないかい!
でたわ〜。聖徳太子とのご縁。
私のアタマの中の聖徳太子といえば、山岸凉子(やまぎしりょうこ)のマンガ「日出処の天子(ひいづるところのてんし)」の厩戸皇子(うまやどのおうじ)。多感な青春時代でしたんでイチコロでした。
これ語り出すと脱線したっきり帰れない…お話しを元にもどそう。
当時吹田は、稲田が広がっていただけでなく、大和政権と深くつながっていて、水運も産業も盛んで、大陸からの渡来人も多くいたという事ですね。
吉志部(きしべ)神社さんのウエブサイトはこちら → https://www.kishibejinja.jp/
また、紫山公園には、吉志部瓦窯跡(きしべかわらがまあと)須恵器窯跡(すえき)等、吹田市立博物館もあり、なななんと釈迦ケ池(しゃかがいけ)という名の大きな池が。
吉志部(きしべ)神社のバックには、釈迦(シャカ)までついているとは…
すぐにでもお参りしたくなるでしょう。
あ、一の鳥居(いちのとりい)から参道を通って行くのがなんともいい感じでおすすめします。
私は、JR岸辺駅から一の鳥居経由でお参りしたら、気温38℃の日だったので大変でした〜。気候の良いときを選んでくださいね。