前回に引き続き、一寸法師についてです。

一寸法師は吹田を通過していたんですよ。お椀の舟で。

その昔 一寸法師が通ったかもしれない。ここを。お椀で。

なんと、一寸法師のお椀の舟出発地点はここ!と手を挙げている場所があります。

道頓堀です。

しかも、道頓堀の本気度は、すみよっさん(住吉大社)に負けていません。

「一寸法師大明神」をお祀りした神社を作っちゃいました。おみくじもひける。

道頓堀の浮世小路にある 一寸法師を祀った日本一小さい神社

さすが商人の街だすな。

さて、ワケノキヨマロが淀川と神崎川を繋いでから、難波の里(道頓堀界隈?)から京都に行くのに通るわけです。吹田津(すいたのつ)つまり吹田のみなとをね。

一寸法師が遡上した時代から神崎川や淀川の川筋があれこれ変わったとはいえ、吹田の辺りは仮想一寸法師遡上ルートとしては有力だと言っておきたい。

それにしてもスゴいよね。一寸(約3㎝)の身長で、箸って…棒で舟なんて漕げないでしょ。つまり、川底に箸を刺して遡上(そじょう)したってことになる!?

15歳にして相当な操船技術だわ。しかも身長が一寸(3㎝)よ。超人だけど超人的。

そもそもお椀で淀川を上るとかせず、誰かの荷物に紛れんかい!

が、しかし、苦難を乗り越えなければ、英雄として伝説にはなれないので仕方ない。

まず、吹田の辺りを超絶苦労しながらお椀で通過して、仕えた上司、三条の宰相殿(さんじょうのさいしょうどの)をだまして、ボスの娘であるお姫さまを罠(わな)にはめ、舟に乗って難波の里に戻ろうとする時、

またしても吹田を通過してるわけです。吹田〜。

そして、鬼ヶ島で打ち出の小槌で大きくなって立派な船で里帰りした後、天子様(すなわち帝)に会いに行ったときも間違いなく船で通っているよね。吹田を。

出世したよね〜。まぁ、一寸法師のお父さん、お母さんがお参りしたすみよっさんは、古来から海の神様で、航海関係者に絶大な人気だったそうだし、御利益は絶大だったわけね。

海の神様を祀ったすみよっさん。

さ、今度、車や電車で一級河川:淀川や神崎川を越えるとき、15歳にして一寸(3㎝)、ムッキムキの船乗り一寸法師がお椀を漕いでいた昔の吹田に思いをはせてみよう。

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